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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)228号 判決 1967年1月28日

原告 伊左溥こと吉野功

被告 国

訴訟代理人 岸野祥一 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の求める裁判、原告の請求の原因およびこれに対する被告の答弁ならびに証拠関係は次のとおりである。

<省略>

理由

一、原告が昭和三七年五月三〇日東京地方裁判所八王子支部昭和三二年(わ)第五一八号横領被告事件について無罪の判決を受け、右判決がそのころ確定したことは当事者間に争いがない。

原告は、右刑事事件については、警察官による違法な逮捕および捜索、裁判官による違法な勾留、検察官による違法な取調および公訴の提起ならびに報道機関に対する誇大事実の流布行為がなされ、右一連の行為によつて原告は財産上および精神上の損害を蒙つたと主張するので、これらについて順次判断する。

(警察官による逮捕・捜索について)

(一)  原告は、警視庁八王子警察署に勤務する警察官がなした逮捕・捜索を違法とし被告に対し国家賠償を求めるところ、これに対し、被告は、右警察官は東京都の職員であつて「国の公権力の行使に当たる公務員」ではなく、また被告は右警察官に対する「俸給、給与その他の費用負担者」でもないから、右警察官が違法な行為をなしたとしても被告にはこれについて賠償の義務はないと主張するので、まずこの点について判断する。

原告主張の右警察官の行為は、犯罪の捜査に関するものであつて、司法警察権の行使と目されるものであるから、「公権力の行使」に該当することは疑のないところである。そこで原告主張の右警察官の行為が被告である「国」の公権力の行使に該当するか否かについて考察する。

元来、警察権は国家の一般統治権の作用であるといわれている。しかしながら、現行警察法は、地方自治の尊重により、従来の国家警察の制度を廃し、都道府県に都道府県警察を置く(同法三六条)こととし、内閣の治安責任を明確にするために必要な限度で警察庁長官による指揮監督を加えることとしているので、司法警察権は国に保有されているのか、あるいは国から都道府県に付与されているのかが問題とされる。

犯罪の捜査とは、公訴を提起しかつこれを維持するために、犯人および証拠を発見しかつこれを保全する手続をいうのであるが、現行制度上公訴の提起は国の機関である検察官がこれを行なういわゆる国家訴追主義・起訴独占主義が採用されており(刑事訴訟法二四七条)都道府県等の公共団体ないしその機関には公訴提起の権限が与えられていないのである。したがつて犯罪の捜査は国の刑事司法権の一環をなすものといわなければならない。ところで都道府県の警察官は刑事訴訟法により司法警察職員たる地位を付与された(同法一八九条一項)けれども、検察官もまた捜査権限を保有し(同法一九一条一項)司法警察職員に対し指示権ないし指揮権を有している(同法一九三条)のである。してみると司法警察権は国から都道府県警察に機関委任されたものとみるべきであり、国は司法警察権を保有しているものであるから、その発動は、具体的に公権力を行使した公務員が都道府県の警察官であつても、なお「国の公権力の行使」たることを妨げないものと解すべきである。

もつとも、このことは右司法警察権の行使が都道府県(公共団体)の公務員たる司法警察職員の違法な公権力の行使について都道府県の責任を否定し去るものではない。したがつて都道府県の警察官の違法な司法警察権行使によつて損害を受けたと主張する者は、その選択にしたがい国または都道府県のいずれか一方もしくは両者に対して国家賠償法による賠償を請求しうることとなる。

以上の次第であるから、東京都の公務員である警視庁八王子警察署の警察官による逮捕・捜索を違法として被告(国)にその損害賠償を求める原告の訴は、それ自体は適法というべきである。そこで、原告主張の違法行為が存在したか否かについて審按を進める。

(二)  警視庁八王子警察署に勤務する警察官が昭和三二年六月二三日原告宅を捜索したことは当事者間に争いがない。

(1)  原告は右捜索は捜索状の呈示も原告の同意もなく行なわれたものであつて違法であると主張するが、これに副う証人藤沢節子の証言は措信し難く他にこれを認めるに足る証拠はない。かえつて、成立に争いがない乙六号証および証人秋山良太の証言によれば、八王子警察署勤務巡査部長久保市次郎ほかいずれも同警察署に勤務する警察官三名が前記の日に原告宅におもむき、原告内妻藤沢節子に対し原告が在宅するか否かを尋ねたところ、同人は原告は不在である旨回答したので、久保巡査部長は同人に対し捜索差押許可状を示して午前八時三五分から同一一時四五分に至る間原告宅を捜索したことが認められるので右捜索は適法であつたというべきである。

(2)  原告は、右警察官のうち一名は逮捕状を示さずに原告を八王子警察署に連行したと主張、証人秋山良太の証言によれば原告主張事実が認められる。しかしながら成立に争いがない乙一号証の一および証人秋山良太の証言によれば、久保巡査部長は、すでに発付されていた原告の逮捕状を携行して原告宅におもむいたが、原告が右警察署までの任意同行に応じたので原告宅においては逮捕をなさず、原告が逮捕されたのは同日午後二時五五分八王子警察署において巡査秋山良太から逮捕状を示されてなされたものであることが認められ他にこれに反する証拠はない。したがつて前記警察官が原告を同警察署に連行した行為は違法ということはできない。

(裁判官による勾留について)

原告は、原告の勾留を命令した勾留状はその記載内容がずさんで無効であるから、これに基づく原告の身体拘束は違法であると主張するのでこれについて判断する。

(一) 原告は、原告が勾留された日は真実は昭和「三二」年六月二五日であるのに、勾留状には昭和「三一」年六月二五日と記載されていると主張し、右勾留状の執行年月日欄ならびに執行手続証明欄には昭和「三一」年六月二五日と記載されていることは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば原告が勾留状の執行を受けた日は昭和「三二」年六月二五日であることが認められるので右勾留状のうち右記載部分は誤記であつたというべきである。しかしながら成立に争いがない乙二号証の一によれば右勾留状のうち、勾留請求の年月日、勾留状発付の日、勾留した年月日時の各欄はいずれも昭和「三二」年六月二五日と記載され、有効期間、勾留期間の延長等の各欄も昭和「三二」年と記載されているので、原告主張部分は真実は昭和「三二」年と記載すべきであつたことは一見して明らかである。したがつて右勾留状の瑕疵は軽微であつて勾留状自体を無効とするものではない。

(二) 原告は、勾留の場所は真実は「八王子警察署」であるのに勾留状には「東京地方検察庁八王子支部」と記載されていると主張するが、前記乙二号証の一によれば、勾留状に記載された「東京地方検察庁八王子支部」は勾留状執行の場所であつて勾留の場所ではなく、原告を勾留すべき場所としては同状に「代用監獄八王子警察署留置場」が記載されていることが認められるところ、現実に原告が勾留を受けた場所が「八王子警察署」であることは原告の自陳するところであるから、原告は勾留状に指定された場所以外に勾留されたものということはできない。したがつてこの点に関する限り、勾留状はもとより勾留自体についても何らの違法は認められない。

(三) 原告は勾留の基礎となつた逮捕状が引用している逮捕状請求書記載の犯罪事実は、真実は「中田与右ヱ門」と記載すべきところ「中田与左ヱ門」と記載され、また文章自体も「その時小切手を用意して行つてくれ」と記載すべきところ「其処から小切手を……」と記載されており文章不明であり、犯罪構成要件は不明確であると主張する。しかしながら成立に争いがない乙一号証の三によれば、逮捕状請求書には『被疑者は中田与右ヱ門と共謀して 昭和三十二年一月二十日頃 以前に山林を斡旋して知合ひの 東京都千代田区神田東紺屋町一番地 建築用金物問屋 松丸善三郎 五十年 を東京都新宿区矢来町五十六番地被疑者中田与左ヱ門方に招き同人に対し先日貴殿に世話をした下田さんの山林で地続きが一万三千百〇三坪ある、これも百万円出せば貴男の土地になるから金員を出してくれ、来る二十三日には貴男が買つた下田さんの土地を登記するので八王子の登記所まで行く、其処から小切手を用意して行つてくれ」と虚構の事実を申向けて同人を誤信せしめておき(以下略)』との犯罪事実が記載されていることが認められるところ、右文言のうち中田与右ヱ門と中田与左ヱ門との氏名はいずれか一方が誤記であることは明らかであるがその瑕疵は軽微であつて逮捕状自体を無効とするものではなく、また犯罪事実全般についての文言も犯罪構成要件事実を不明確にするものではない。したがつて右逮捕状は有効であるからこれに基づく逮捕は有効であつて、その後の勾留の有効性について何らの影響を及ぼすものではない。

(四) 原告は、本刑事事件は八王子警察署の管轄にかかるものであるところ、勾留状の執行手続を証明しているのは管轄を異にする町田警察署勤務巡査横山菊之助であるから、勾留状は無効であると主張し、勾留状に原告主張の記載がなされていることは当事者間に争いがない。しかしながら、警察法六四条により都警察の警察官は都警察の管轄区域内である限り他の警察署の管轄区域内においても職権を行使しうるものであるところ、八王子警察署ならびに町田警察署の管轄区域はいずれも都警察の管轄区域内であるから、右横山巡査の行為は適法であり、したがつてこの点に関する原告主張事実をもつてしては勾留状は無効となるものではない。

(五) 以上の次第であるから本件逮捕状および勾留状は無効なものではなく、その執行も違法ではない。

(検察官による取調について)

原告は、今関検事によつて自白を強要される取調を受けたと主張するが、右事実は本件全証拠によつても認めることができない。

(検察官による公訴の提起ならびに事実の流布について)

(一) 原告は、昭和三二年七月一四日今関検事によつて横領罪として起訴されたが、同検事は、当時原告には充分な犯罪の嫌疑がなかつたにもかかわらず、同検事の原告に対する私的な憎悪感から、原告を起訴したものであつて、右起訴は公訴権の濫用であると主張し、種々その事情を述べる。そして今関検事が原告主張の日に原告を横領罪で起訴したことは当事者間に争いがない。

(二) ところで、検察官が公訴を提起するためには、犯罪の嫌疑が充分であつて有罪の判決を得ることが期待される合理的な根拠がなければならない。換言すれば、犯罪の嫌疑の存在とは、有罪の判決を得る可能性があることを検察官が確信し、右確信を合理的に根拠づける訴訟資料の存在することであるが、このことが公訴の有効要件、すなわち訴訟条件の一つとされるのである。したがつて、検察官が犯罪の嫌疑が存在しないのにもかかわらず公訴を提起した場合においては、当該起訴は違法である。しかしながら、このことは、犯罪の証明がないことを理由とする無罪判決があつた場合に直ちに当該起訴が違法であるということを意味するものではないことは勿論である。けだし、訴訟手続においては起訴後にも訴訟資料は蒐集されるから起訴時と判決時とでは、犯罪の嫌疑の存否を決する資料には量的および質的に差異が存するのが通常だからである。したがつて、検察官による起訴の適法性を判断する前提となる犯罪の嫌疑の存否は起訴の時点において判断されなければならない。

もつとも、このことは、起訴のとき以後に蒐集された資料のうち明らかに犯罪の成立を阻却すべき資料があり、しかもそれが起訴時において検察官によつて容易に蒐集し得たものと考えられる場合においてもなお、検察官の起訴が違法であると判断することを否定するものではない。これを要するに、起訴が適法であるというためには、起訴時においては当然なさるべき捜査が遂げられており、かつ、そのときまでに蒐集されていた訴訟資料を合理的に検討すれば犯罪の嫌疑は充分であつて有罪の判決を得る可能性は客観的に存在すると思料されることが必要であるというべきである。

(三) そこで、原告が主張するように、本件については起訴時に存した訴訟資料をもつてしては犯罪の嫌疑が充分ではなかつたか否か、また訴訟資料の蒐集につき捜査に遺脱があつたか否かについて判断する。

成立に争いがない甲一号証によれば、本刑事事件の公訴事実は次のとおりであることが認められる。

「被告人は千代田区神田紺屋町一番地所在建築用金物問屋松丸善三郎が資金難に陥つたため、同人のため金融斡旋の依頼を受けていたものであるところ、昭和三十二年一月頃橋本文雄等の仲介により八王子市元八王子町所在下田康雄所有の山林七千余坪を右松丸善三郎のため購入しこれによつて更に金融を得ようとしていたものであるが、同年一月二十三日頃右山林代金二百万円を右松丸より預り保管中、内金三十万円をその頃東京都内において檀に自己のため着服横領したものである。」

ところで、いずれも成立に争いがない乙九号証および一〇号証によれば、松丸善三郎は昭和三二年五月一七日および同年七月二日司法警察員に対し、原告および中田与右ヱ門が昭和三一年一二月ごろ松丸善三郎に対し、下田康雄の所有する八王子市元八王子町所在山林約七〇〇〇坪を一〇〇万円で売買する契約の斡旋をなしたので、松丸善三郎はこれに応じて右土地を買受けることとし、原告および中田にその仲介を依頼し、昭和三二年一月一〇日ごろ原告および中田に売買代金として数枚の小切手により合計一〇〇万円を交付したこと、さらに原告および中田は同月二〇日ごろ松丸善三郎に対し右下田の所有に係り右土地に隣接する土地約一万三〇〇〇坪を一〇〇万円で売買する契約の斡旋をなしたところ、松丸善三郎はこれに応じて右土地をも買受けることとし、原告および中田にその仲介を依頼し、同月二三日松丸善三郎の長男松丸栄一を代理人として、原告および中田に売買代金として数枚の小切手により合計一〇〇万円を交付したことの各事実を供述し、その旨の各供述調書が作成されたことが認められる。また成立に争いがない乙四号証によれば、松丸善三郎は同年五月二二日八王子警察署に対し、原告および中田に右土地の売買代金二〇〇万円を交付したが、右土地のうち七〇〇〇坪については所有権移転の仮登記のみで本登記はなされず、また、一万三〇〇〇坪については仮登記さえもなされず、結局原告および中田に二〇〇万円を詐取されたので、これにつき訴追を求める旨の告訴状を提出したことが認められる。

次に、いずれも成立に争いがない乙一一号証ないし一三号証によれば、橋本文雄は同年六月五日および同年七月五日司法警察員に対し、同月一二日検察官に対し、橋本文雄は下田康雄の代理人である足立譲から右下田所有の土地を担保として一〇〇万円の金融を受けたい旨の申出を受けたところ、右橋本はこれに応じうち二〇万円については同人振出の小切手によりこれを貸与したが残余の金員は右土地を担保として他から金融を受けてさらにこれを足立に交付しようと考えていたこと、橋本は同人が主宰する会社の嘱託で同人の代理人である松平章照を通じ、松丸善三郎の代理人である原告および中田と交渉した結果、右土地を担保として松丸善三郎から二〇〇万円を借受けることとなつたこと、右契約に基づき橋本は松丸善三郎の代理人である原告から同年一月二六日より同月三一日に至る間数回に分けて合計一七〇万円の交付を受けたが残額三〇万円については交付を受けなかつたこと、原告は右三〇万円は後日交付する旨述べていたので、橋本は後日原告に対しその交付を請求したが、原告はこれに応じなかつたこと、以上の各事実を供述し、特に橋本は検察官に対し同人は原告に対しては三〇万円を貸与した事実はないことを供述し、いずれも、その旨の各供述調書が作成されたことが認められる。

さらに、いずれも成立に争いがない乙一四号証および一五号証によれば、松平章照は同年六月二八日司法警察員に対し、同年七月一二日検察官に対し、松平が橋本の代理人として原告と折衝した結果、橋本は松丸善三郎から二〇〇万円の融資を受けることとなつたが、原告は橋本に対しては一七〇万円を支払つたが「残金三〇万円は明日払います。今日二〇〇万円の仮領収書を出して頂かないと帳簿の整理上困ります。」と述べて、橋本に対して三〇万円を交付しなかつたこと、これに対し橋本は同人の名刺の裏面に二〇〇万円を領収した旨を記載してこれを原告に交付したことの各事実を供述し、その旨の各供述調書が作成されたことが認められる。

また、いずれも成立に争いがない乙一六号証および一七号証によれば、中田与右ヱ門は同年六月二一日司法警察員に対し、同年七月一一日検察官に対し、松丸善三郎からかねて金融斡旋の依頼を受けていた原告および中田は、同年一月初旬ごろ松丸善三郎に対し、前記下田所有の土地約七〇〇〇坪を購入しておけば(但し隣接地約一万三〇〇〇坪は別である)将来他から金融を受ける際の担保とすることもできて有利であるからこれを買受ける契約を斡旋する旨述べたところ、松丸善三郎はこれに応じ原告に対し同日内金として小切手により一〇〇万円を交付し残額一〇〇万円は登記手続と引換に支払う旨答えたという事実を供述し、その旨の各供述調書が作成されたことが認められる。

また成立に争いがない乙一八号証によれば足立と橋本との前記話合の仲介者である村田徳治は同年七月三日司法警察員に対し、原告は橋本に対して前記売買代金のうち七〇万円を同年一月二三日に、一〇〇万円を同月二五日に支払つたのみで三〇万円は原告が収受したものである旨供述した事実が認められる。

これに対し、成立に争いがない乙一九ないし二一号証によれば、原告は、同年六月二四日司法警察員に対し、原告は松丸善三郎から同年一月一七日ごろ前記土地売買代金の内金として三〇万円を現金で、七〇万円を小切手で受取り、同日橋本に対し右合計一〇〇万円を引渡したこと、原告は松丸善三郎からその数日後登記手続をなした日に同人の子松丸栄一を通じて残額一〇〇万円を小切手で受取り、同日これを八王子の登記所(東京法務局八王子支局)付近において橋本に引渡したこと、原告はその翌日京橋の日本資源株式会社に在室していた橋本から松丸善三郎振出に係る額面三〇万円の小切手一枚を借受けたこと、以上の事実を供述したが、その後同年七月二日司法警察員に対し右残額一〇〇万円は八王子における右登記手続の日に松丸栄一から預かつたが、同日は橋本に対しては松丸から右残金を受取つていない旨申述べ、翌日東京駅八重洲口の喫茶店「キング」で右残金一〇〇万円を橋本に引渡し、席上同人から直ちに小切手三枚で三〇万円を借受けた旨供述し、同月四日検察官に対しても残金一〇〇万円のうち三〇万円は同年一月二三日橋本からこれを借受けた旨供述し、以上の各供述調書が作成されていることが認められる。

そして以上各認定事実に反する証拠はない。

(四) 右認定事実によれば、今関検事としては本件公訴の提起をなした同年七月一二日当時において、前記各供述調書に基づき前記起訴状記載の犯罪事実の存在を認定することは、原告の供述調書を除外する限り何ら不合理ではなかつたというべきである。原告はその収受した三〇万円は松丸善三郎から預かり保管中のものではなく、一旦橋本に全額引渡したのちあらためて同人から借受けた旨供述するが、今関検事は原告の右供述のうちこれにつきさらに橋本の供述を求める補充捜査をなし、同人から原告に対する金員貸与の事実はない旨の供述を得て同日本件起訴をなしたのであるから捜査に遺脱があつたということもできない。右のとおりであるから起訴当時においては訴訟資料の蒐集に不備はなく、右訴訟資料によれば犯罪の嫌疑は十分であつたというべきである。したがつて今関検事は犯罪の嫌疑がないのに公訴の提起をなしたとの原告の主張は認められない。

(五) また右起訴が同検事の恣意によるものであること、ならびに同検事が原告を有罪とする証拠がないのに報道機関に対して事件の内容を誇大に流布したとする原告主張事実は本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

二、以上の次第であるから、原告が主張する警察官・裁判官・検察官の各行為については何らの違法はなく、したがつて右違法を前提とする原告の請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 西川豊長 山口忍)

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